2018年02月13日

ギャンブル依存症をどう克服するか

【私にとってのギャンブル】

このブログは、競馬必勝法を求めて、
私なりの勝ち方というものを、
証明したいという想いでスタート
しました。

その為の考え方とか要素なんてのを、
示した上で、最終的には私自身が
確固たる信念を持って相応の資金で
競馬に挑む予定だったのです。

全ては私が競馬で勝ち組になる為の
ものであるのです。

負け組から勝ち組への転身
のストーリーを魅せれたら
面白いと思っていました。

ところが・・・

いつしか、ブログというよりは、
ただただ、予想提供の場になり
変わってしまいました。

ブログとしての面白さは、
ほぼ無いとは思いますが、
有料予想を購入してくれる方、
ブログを継続する事によっての
広告料による収入。

それだけで、なんとなくダラダラと
継続している状況です。

まともに記事とか自分の思想とか、
更新していません。

自分なりに色んな視点から競馬で
勝つ方法を研究してきました。

考え方として負けない方法論と
しては掴めたつもりではいます。

そして、もうこれ以上は、
私には考えがつかないのです。

理論上は負けない。統計上は
大丈夫であっても、結果が伴わない。

ですので、結果が全てのギャンブル
の世界で、負けている人間が
何を言っても、まるで説得力が
ないのです。

私が思い知らされたのは、統計を
取るという事の難しさ、競馬に
おいて優位な要素と不利な
要素の判断、そして最も重要な
オッズとの兼ね合いです。

競馬の勝ち方自体には色んな
形があるでしょうし、これが
絶対というものはありません。

最終的に辿り着いたのは、馬単1点買い
という形、年間単位で見れば、
まず負けないと思っています。

実際には、毎年、もう負けようが
ないと判断した上で、馬券術の
完成を謳っているものの、
ことごとく、結果はでていません。

自分の中では、大丈夫と思って
いても、毎回駄目なのです。

ですので、自分は勝てない視点で
しか見れていないのです。

色んな情報を頭で整理したつもりでは
いますが、少なくとも何かが間違って
います。

私は、実際に勝っているとされる
方々から、良い部分だけを抽出した
上で、自分で探し出した法則を
何度も何度も当てはめてよりよい
方法に辿り着いたのですが、
より良いかどうかは、判断でき
ないのです。

競馬というものの要素は複雑なので、
単純に、これが良くてあれが駄目と
いうような事は比較が難しいのです。

そういう意味では、どこまで行っても、
結果から判断するしかありません。

そして厄介なのが、運という要素です。

競馬で勝つにおいて、いや、競馬に
かかわらず、運という要素はどこにでも
存在するでしょう。

運と実力の境なんて分かりません。

運も実力のうちとも言えるし、
極論すれば運が全てとも言えます。

そんな中で、年間を通して競馬で
勝つが、実現されればそれで良い。

【競馬との向き合い方】

私が、現在行っているのは、
ひたすら検証です。

現状、無料予想である高期待値馬、
有料予想である、単勝・馬単。

馬単においては実際に賭ける事で
ルール設定に問題がなく、
継続できるかどうかというのも
検証の一つです。

私は競馬において、
全く自制することはできません。
いや、できませんでした。

ただ真剣に競馬で勝つを学んだ
結果、勝てるようになっていないに
せよ、自制するという事は
できています。

ひたすら検証という形を
取れているのは自制心を
保つことができている証です。

そしてそれは、競馬で勝つことは
そんなに甘くないとヒシヒシと
感じているからでもあります。

自分が研究を重ねた結果を
貫いた上で、負けてしまうので
あれば、それはそれで仕方がないし、
その上は競馬の舞台から降りる
覚悟はできています。

もうこれ以上、競馬で勝つを
学ぼうとは思いません。

高期待値馬、馬単1点買い、

今年の結果を見て判断します。

私はギャンブル依存症者でした。
まあ、今もそうでしょうね。

自分では認めたくありませんが、
やめるという形が取れないのです。

その事が生きる上で、苦痛と
いうか苦しいというか、
生きづらさにもなっていたのです。

ギャンブル依存症は、
負けていなければ問題ないと、
私は思っていないのです。

なぜなら、私はパチンコ・スロット
では生涯において勝っていますが、
期待値依存とでも言えばいいのか、
うまく表現できませんが、
例えば、誰かと食事してる時で
さえ、期待値の損失をしている
感覚を持ってしまい、苦しかったのです。

朝一で設定6確定のスロットを
掴んだ時には、一日打ち切らないと
いけないという気持ちです。

とにかく食事も取らずに
ぶん回すだけ。

時代背景もあったと思います。

私はギャンブル依存症と
認めた上で、どう克服するか
考えた場合、やめられないので
あれば勝ち続けるしかないと
考えました。

ただ、これはこれで勝ちに
こだわる行動というものは
苦しいのです。

実際に、それで勝てるなら
まだ救われますが、実際には
ギャンブルで勝ち切るのは
簡単ではありません。

ただ、勝ち方を真剣に学ぶという
行為は、自制心を鍛えるのに
役立ちますし、自分が
ギャンブルに何を求めているかを
考える事にも繋がります。

結果、自制心を保ちギャンブルに
接すれれば、苦しさから
逃れる事が出来るのです。

まあ、私はそうであったという
だけですけどね。

ギャンブルの欲求、依存、求めるモノは
人によって様々、だから依存症
の克服の仕方もこれだというものは
ないと私は思っています。

但し、自分にとってのギャンブルの
位置づけをはっきりと理解して
おいた方が、依存症としての
対処をしやすいですよ。

まあ、大半の方は自分がギャンブル依存症
だなんて、認めません。
私だってそうです。

そう思っていましたし、いつだって
やめようと思えばやめれるって思ってた。

いざ、やめようとしたら、
やめられない。

脳がやられてしまっているんだろうな。

自分が考える以上のギャンブルの
気持ち良さを、脳が感じてしまった。

まあ、今はそんな事ないかも。。。
なんだか、ギャンブルやめたいのかな。

何が言いたいのかよくわからなく
なってしまいましたが、
最近のギャンブル熱の冷めように、
人生の転換期が来ているのかも
知れないと感じている
サンペリドンです。

実際、ほぼギャンブルをやっている
とは言えない状況です。

それでいて穏やかな日々を
心地よく感じているのです。

いや、精神的には穏やかですが、
実際には4歳の娘と1歳の息子を
相手に全力で遊んでますから、
日々ヘロヘロですけどね。

なんだかもう、競馬で勝つを
考えるのはやめにしたいのです。

たぶんどこまで行っても、
勝てるという証明にはならない。

いや、自分なりの結論は出たし、
これはこれで満足なのですよ。

ですので、このブログの
当初の意味合いからは、
ハズレてしまうのですが、

これからも、たまにこんな
感じで、自分が感じる事を
発信できれば、充分ですな。

まあ、私は、やらしい人間ですから、
収入があるからやっていると
思ってもらって結構でございます。

実際に収入がなかったら、
もうとっくにやめているだろうしな。
posted by サンペリドン at 14:09| Comment(0) | 見て楽しむ競馬
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